昭和56年4月15日 前夜祭 (若先生)



いよいよ春の御大祭を明日に迎えての今日の前夜祭でしたが御大祭と言うのは思わして頂くのに神徳賛司の日だと言う気が致します。言うならば神の比礼を讃える神のおかげを称えると言う一日でなければならないと思うんです確かにあの合楽で現代おかげを頂いておりますその事を思います時に明日一日は本当に神の比礼を称え神の栄光を称える一日であってほしい又そう言う一日であろうと思わして頂く訳です。さぁあしたをお迎えさせて頂くにあたりましてまだそれがその準備がないとするならばお互いもうひとつ工夫させて頂かなければいけないと思うわけなんですが先日あるスポーツ選手の方のお話があっておりましたが自分は本番まで試合の日までは肉体の許す限りの練習をするそしていざ本番いざ試合と言う時になった時にはあとは只リラックスする事だけに精進すると言う事を言っておりました。

ハハァ成程なと思うんです私たち凡夫ははんたいなんですねいざ本番って言う時緊張してそれ前には全然稽古してないと言う稽古しないから緊張しなきゃいけんと言う事になってくる訳でしょうけども、あしたはお互い本当リラックスしてご大祭迎えさせて頂きたいリラックスすると言う事は力を抜くとかデレッとするとかと言う事でないあたくしが思わして頂いたのはこのリラックスすると言う事は親先生が仰っる平常心であるその平常心である所謂あの和の心を持ってお互い明日望まして頂きたいお互い親先生から色々教えを頂くこれに取り組もうここには信心の稽古に来る所と仰っるけれどもこれで取り組もうと本気で教会で取り組んで稽古しとけばいいのに家に帰ってその構えを作るからお互いおかしなそれこそぎこちない事になってくる訳です本当にいざ本番と言う時にはそれこそリラックスして受けられるそれこそあしたはそれこそこりも色々モヤモヤもひとつ取り払うて本当に和らいだ心であしたの一日を迎えさせて頂きたいそこには間違いなく信心の(栄光?)神徳賛じの一日になる事に思います。あしたはそれこそ神の比礼を称え親先生の御名を称える一日であって頂きたいと思います。有難う御座いました。